境内

Precincts

本堂

 現在の本堂は、昭和20年3月の大阪空襲により焼失のため、昭和33年(1958年)に多くの檀家様や有縁者のご協力により再建されました。全て椅子席となります。









書院(座敷)

 現在の書院は、昭和20年3月の大阪空襲により焼失のため、昭和33年(1958年)に多くの檀家様や有縁者のご協力により再建されました。半分が座布団席、もう半分が椅子席となります。 別途、小座敷(全て座布団席)もございます。










山門

 天保13年(1842年)に、多くの檀家様や有縁者のご協力により、再建されたものであり、水場と並び、大阪空襲で焼失をまぬがれた現存する建物です。
 建築形式は、江戸後期の代表的な遺構であり、男梁上に大斗絵様肘木・中備蟇股を入れ、この上に虹梁板蟇股を置いて棟木を支えている。また、楕円の絵様は鋭い鑿で彫られており、垂木も直材である。
<夕陽丘の寺院と寺町|調査報告書より>






















水場

 建立年不明。山門と並び、大阪空襲で焼失をまぬがれた現存する建物です。
 お線香・ローソク・日傘・雨傘・蚊取り線香(夏期のみ)を用意しております。
 お気軽にお墓参りください。



















駐車場

 駐車場は、常時、普通車2台(法事のときは5台程度)を停められます。
 駐車場の電動扉の開閉は、ポストの中のリモコンをご利用ください。
 駐車場から墓地境内へは、コンクリートスロープがありますので、車椅子や
 歩行器をご利用の方も安心してお墓参りできます。





































墓地境内

 墓地境内のグランドカバーは芝生のため、四季を感じることができる
 落ち着いた雰囲気です。
 





















中庭

 中庭のグランドカバーは白川砂利です。三州瓦の内側は玉竜で覆い、紅葉
 灯籠、槇があります。枝垂れ桜は、毎年4月中旬に満開になります。



















文庫土蔵(現存せず)

 天保10年(1839年)に、多くの檀家様や有縁者のご協力により建立されました。














その他(現存せず)

 古地図によると、大阪空襲(昭和20年)および大阪復興特別都市計画事業(昭和30年代後半)以前は、土蔵、通用門があったようです。














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